Op.9-1 : new line UKIYO SHINOGI - Zin Parka "Syoen"浮世しのぎ:陣パーカ 松煙

Detail & Coordinate

和紙への挑戦

この10年間、滴や は現代に相応しい和服の形を模索してきた。もちろん、素材にもこだわり抜いて、色々な素材の中に和服としての可能性を見出し、さらに長年アンテナを張って未知の素材も探し続けてきた。その一つが、今回発表する和紙である。2年ほど前に雑貨では和紙に挑戦し、当時から衣類としてシリーズ化する構想を練ってきた。

紙子の歴史

ひと口に和紙の衣類と言っても、和紙を細い糸にして織り込んで布にする「紙布(しふ)」を仕立てたものと、今回、滴や が挑戦する「紙子(かみこ)」とがある。「紙子」とは、和紙そのものを着る、まさに紙の衣服で、和紙自体に強度を増す加工を施して作られる。「紙衣」とも書き、「かみこ」「かみころも」「かみぎぬ」などと呼ばれる。その歴史は古く、和紙が大量に普及し紙本来の目的以外に衣料として着用される様になったのは平安中期と言われ、源平合戦の頃には防寒着として用いられていた。絹より安価で庶民の衣服と想像しがちだが、むしろ風流な印象が愛され、丈夫で軽く持ち運びが簡単なため、特に武士や俳人等に好まれてきた。親鸞が愛用したことでも知られ、〈かげろふの我が肩に立つ紙子かな〉という句を松尾芭蕉が残している。

島田康子女史

滴や では以前、紙布の商品は製作したが、10年目にして紙子に取り組めるのは、島田康子女史との出会いによるものだ。島田女史は、数々の技法により和紙を強くし、紙子の素材となる原紙を作られている。その技法は、仙台市の柳生地区に伝統として残っていた「柳生強製紙(やなぎうきょうせいし)」の製作方法に準じている。伝統技術保持者の阿部久右ヱ門氏より伝授されたものだそうだ。(現在では後継直系の方は廃業されている)

一昨年、和紙がユネスコの無形文化遺産に登録されたが、認定された3つの産地の和紙の共通点は〈国産の楮が原料〉及び〈流し漉きの方法による手漉き和紙〉であることだ。世界に認められるのは、めでたいことではあるが、実のところ紙子の素材となる和紙の製法すら途絶えようとしているという警鐘に他ならない。日本の先人たちが和紙を如何に活用し、どう付き合ってきたかという伝統については、閉ざされたままなのである。和紙を衣服として活用する紙子としては、歌舞伎衣装とお水取り法衣でしか存続しておらず、目にする機会すらない。そんな中で、島田女史の存在は奇跡的だと言える。

紙子の性能

「和紙はユネスコの文化遺産なのだ」と得意気になったところで、我々日本人は和紙のチカラなど少しも知らないのだと、紙子の製作に入ってすぐに分かった。ほとんどの人は紙子の性能や耐久性を侮るだろうが、紙子の原紙は力強く、簡単には縫えない。それほど丈夫でありながらも、断然軽い。もちろん洗えないが、雨には強く、濡れても軽く拭けば良い。着るほどに味わいは増し、たとえ破れても和紙を重ね貼ることで修理が可能だ。繊維の衣類と同様に捉えず、まったく別物の衣類として扱うことで、紙子は軽く暖かく、メンテナンスも簡単な面白味のあるものとなる。我々の使い方次第であり、最後の仕上げは、着る人に任されるのが紙子なのだ。

新ブランド「浮世しのぎ」デビュー

島田女史は40年弱の経験を積みながら、実に柔軟な思考をされる方だ。伝統を継承することを目的とせず、伝統の技をベースに今に生きる紙子を作るべく、唯一無二の紙子の原紙を作り上げてこられた。着られない紙子に価値はないと、作るデザインに適した加工で仕上げてくれる。和紙にこだわり過ぎて着づらい物とならぬ様、異素材との組み合わせにも寛容だ。滴や も当然、着るための和服しか作らないから、最初から息がぴったり合った。また、紙布は女性も使うが、紙子は本来男の衣服なのだという。そして、島田女史が作られる紙子の原紙から〈現代の紙子〉を生み出す仕事が、滴や に託されたのである。

そこで今後の展開を見据えて、「したたり」「士揃ヱ」に続く、第3のライン「浮世しのぎ(うきよしのぎ)」を新設する。当然、中心となるのは〈島田康子×和次元滴や〉の紙子である。他に麻や紙布などを駆使し、現代の日本に相応しい和紙と麻のブランドを構築していく。そのデビューとなるのが、今回の4作品であり、次回作もすでに製作中である。

現代の紙子

さて、今回の1から3までの作品は、紙子の作品だ。元の和紙は、国産の楮を原料に伝統ある漉き場にて手漉きしたものである。ユネスコの無形文化遺産と同じだ。その和紙に、煮る、コンニャク糊の塗布、藍・ベンガラ・黄土・松煙・柿渋などによる刷毛染め、揉み込み等を繰り返して、強度と防水性を高めていく。そうすることで、およそ紙とは思えない丈夫な紙子の原紙が出来上がる。もちろん加工には、すべて天然のものを用いている。そして、芯を貼る等の仕立てのための処理をしつつ、丈夫な縫製をしていくのだ。現代において、紙子は〈着る無形文化遺産〉とも言えるので、安価にはならないが、美術品にしてしまうと紙子の良さは理解できない。よって、高級を気取ったお仕立てではなく、丈夫な縫製で普段使いに耐えうる様に仕上げている。紙子の特性は筆舌に尽くしがたいが、和紙を揉み込んでいく工程などでは手の方が擦り切れそうだと島田女史は表現されている。縫製も困難で、今後の紙子の仕立てを辞退してきた職人がいるほどだ。我々の知る紙とはまったく別物なのだ。

作品の詳細

いよいよ、個々の説明に移ろう。最初の作品は、8作品目で予告していた〈陣パーカ〉の新型である。紙子の最もポピュラーな形といえば、陣羽織らしい。そのままでは 滴や としてひねりが足りないので、陣パーカとなった。この新型パーカは、以前の形からフルモデルチェンジしている。丈を短くして、袴に相応しい機能性とすっきりしたシルエットが際立つ様に変形させている。同じパーカでも風土ローブとは違う使い方が広がることだろう。紫の紙子は、藍やベンガラ、松煙などを刷毛染めしている。霞んだ空の様であり、墨の滲んだ様でもある。何とも風流な色合いなのである。また、衿を開いている状態と衿を合わせて閉じている状態では、印象がガラリと変わり楽しい。さらに、この作品に限ってのことだが、リバーシブルで使える様にしているから、着こなしのパターンが多い。裏側の素材には麻を使用している。これも麻にPUコーティングを施した希少な素材だ。墨絵の背景の様な灰色で、コーティングが適度な滑りと防水効果ももたらしてくれるだろう。

【浮世しのぎ・陣パーカ】
Material表-和紙 100%、裏-麻 100%
Sizeフリーサイズ
Price160,000円+税

Number of fabrication(制作数):1点のみ

【白いアラベスクビーズのコートクリップ】
Price6,000円+税

Op.9-2 : new line UKIYO SHINOGI - Hakama "Koboku"浮世しのぎ:袴 枯木

Detail & Coordinate

次の作品は、袴である。〈雨袴〉というものがある。雨降りの時に穿いた袴で、油をひいた絹または紙で作ったそうだ。こんな風合いだったのだろうか?

この紙子は、ベンガラと柿渋の混色の下染めから始まり、揉み込み、染め重ね、乾燥を何度も繰り返して、シワを出し強度と防水効果を高めている。風合いは、まるで樹皮の様で堅い。

詫び寂びた赤茶色は、枯れた様に見える。しかし、磨き上げられた光沢がうっすらと見え、熱き思いが内に秘められていたのだと感じるに違いない。部位の性質上、紐には麻が相応しいので、寂びた焦げ茶色の麻を使っている。

袴を作るためにどれくらいの生地が必要なのか?をほとんどの方はご存知あるまい。今回は総長5メートル以上にもなる紐には、麻の素材を用いているが、それでも畳で3畳ほどの紙子の原紙を使っている。希少な素材をふんだんに使い、折り込んでひだを取ることで袴は形作られる。ズボンとは、まったく違う贅沢な衣類なのだ。

ふんだんに材料を使いながらも、とても軽く、脱いでも袴だけで立っていそうなほど、ハリがある。丈夫過ぎて使い始めは苦労するかもしれないが、時間をかけて育ててもらいたいと思う逸品である。

【浮世しのぎ・袴】
Material和紙 100%(紐のみ麻 100%)
SizeM~2Lの範囲にお仕立て
Price280,000円+税

Number of fabrication(制作数):1点のみ

Op.9-3 : new line UKIYO SHINOGI - Zin Parka "Karazishi"浮世しのぎ:陣パーカ 唐獅子

Detail & Coordinate

3番目は、再び陣パーカである。こちらは主に、内側に紙子を使っている。上記の袴と似たような赤茶色の色だが、表情はまったく違う。紙子に加工する前の和紙から別物なのだ。そもそも、まったく同じ紙子を作るのは至難の技だろう。これに着る人の使用感が加われば、似たものすらこの世には存在しないのではないだろうか。

表の素材は絹である。シャンパンゴールドの光沢ある生地に茶色の丸紋の刺繍が施してある。刺繍は丸が4つごとに配置されるが、それを唐獅子のうず巻きのたてがみに見立ててみた。衿を開いていると古典的に、衿を合わせて閉じると可愛らしさを感じさせてくれるので、表情が豊かで威圧感はない。紙子はフードの内側と身頃の見返し(衿)に使っており、それ以外は焦げ茶色の麻を使っている。この新型パーカは、立体的なフードになる様に設計している。紙子のハリもあるので、フードが立ち襟ともなり、勇ましくカッコがいい。

【浮世しのぎ・陣パーカ】
Material表-絹 100%、裏-フード裏と見返し部分 和紙 100%、身頃裏 麻 100%
Sizeフリーサイズ
Price140,000円+税

Number of fabrication(制作数):1点のみ

【陶器とウッドのコートクリップ】
Price6,000円+税

Op.9-4 : new line UKIYO SHINOGI - Kaku Obi "Hitsuro"浮世しのぎ:角帯 筆路

Detail & Coordinate

4番目の作品は「紙子」ではなく「紙布」である。紙布を角帯に仕立てている。この紙布には、果てしない手間がかかっている。昔の商家で使われていた帳簿である大福帳から作られているのだ。古い大福帳を細い糸に加工して、それを緯糸として機織りしている。黒く絣模様に見えるのは、大福帳時代の墨字なのである。経糸を麻で織っているが、緯糸が和紙なので生地のミミは、どうしてもいびつになる。それが何とも味わい深い。ミミは見せつつ、和紙のハリが強いので、頑丈な仕立てにしている。軽いが、目はつまっていて、まだまだ堅い。丈夫なので存分に風合いを出してもらいたいものだ。裏側は紙布と焦げ茶色の麻との切り替えで仕立てられているので、両面を楽しんでいただける。時の流れを感じさせる迫力があり、古びた味わいに美を見出せる寂びの心が分かる方のための角帯と言える。角帯は2点あるが違う仕立て方をしており、全作品を通して同じものは無く、すべて1点ものだ。

【浮世しのぎ・角帯】
Material表-経糸 和紙 100%、緯糸 麻 100%、裏-麻 100%
Size長さ 約390cm、幅 約12cm
Price120,000円+税

Number of fabrication(制作数):2点